神社仏閣や遺蹟など歴史が深い世界には、由来、伝説、昔話など色々あります。
幼い頃に毎週放送されていた昔話が大好きでした。
昔の人たちの考え方、捉え方などを感じさせてくれる大切なお話だと思っています。
色々な参考資料をもとに写真と共にお伝えしていきたいと考えています。
では第四話をお話しさせていただきます。
魚養塚
十輪院町の十輪院内に魚養塚というのがあります。
奈良に都のあったころ、日本から中国へ使いに行った遣唐使が、中国に滞在中、彼地の婦人と仲良くなって夫婦となり、一人の子供をもうけました。
その遣唐使(吉備真備だともいう)が日本へ帰る時、婦人に 「今後、遣唐使が入唐する時には、必ず手紙をことづけるよ。子供は迎えに来るまで大事に育ててくれ。」といって約束しましたが、その後、何の便りもしませんでした。
母親はその仕打ちに腹を立て、子供の首に「遣唐使の子」という札をつけて、海へ流しました。
子供は大海の中に流されましたが、さいわい大きな魚に助けられて、ようやく難波の浦(大阪湾)に着き、そして不思議な縁で父に対面し、魚に養われたので魚養(うおかい)と名付けられます。(吉備真備の長男・朝野宿祢魚養)
魚養は成長して立派な坊さんになり、医術と書道にも名をなし、十輪院を建立しました。十輪院内の魚養塚は魚養の墓だということです。
十輪院にたしかにありますが、見落としてしまいそうです。このお寺は本尊地蔵菩薩石仏とそれを納める石仏龕で有名です。奈良時代からある魅力に溢れた世界ですので、奈良に来られた際にはぜひのぞいてみてください。
~奈良市・十輪院
写真・十輪院魚養塚
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